
第24回大藪春彦賞を受賞した『阿修羅草紙』をはじめ、痛快な時代アクション小説を書き続けている武内涼は、平行して重厚な戦国小説も発表している。その最新の成果が、産経新聞に好評連載された本作である。
中国地方の安芸の大名である毛利元就だが、尼子家と大内家という大大名に挟まれ、常に苦労を強いられていた。今は大内家の傘下だが、毛利家の不満は大きい。
一方の大内家は、主君の大内義隆を討った陶晴賢(すえ・はるかた)が、実権をにぎったものの、家中が落ち着かない。そこに隙があると見た元就は、大内家を倒す策を練り、戦(いくさ)の場所を厳島に決めた。だが大内家には、晴賢を敬愛する山陽道一の忠臣の弘中隆兼がいる。元就の策に翻弄されながら、隆兼は大内家を守るため奮闘するのだった。
戦国三大奇襲の一つといわれる厳島の戦いは、毛利家が大きく飛躍する契機になった合戦である。毛利軍が4千だったのに対し、大内軍は2万8千。それなのに、なぜ毛利家が勝利したのか。作者は厳島の戦いに至るまで、さまざまな謀略を仕掛けて、大内家の有力武将を排除していく元就を活写する。冷酷非情に策を実行する元就には、ダークな魅力があった。
そんな元就に立ち向かう隆兼は、人間味豊かで、常に民を慈しむ。まるで理想のヒーローだ。作者は、対照的な元就と隆兼を主人公にして、それぞれの人物像を掘り下げていくのである。また、元就の3人の息子や、隆兼の息子にもドラマが用意されており、読み応えは抜群だ。
そしてついに始まった厳島の戦いが、凄(すご)い迫力である。長い時間をかけて厳島を、一撃必殺の地にした元就。敵の行動を察知しながら、晴賢に提言を受け入れてもらえない隆兼。どんどん追い詰められていく隆兼たちの絶望的な戦いは、結果が分かっているのに、目が離せない。厳島の戦いの全貌と、武将たちの熱き想(おも)いを描き切った、戦国小説の新たなる収穫である。(新潮社・2530円)
評・細谷正充(文芸評論家)