首相、徴用工「心が痛む」 尹氏配慮も懸案置き去り

共同記者会見に臨む岸田首相(左)と韓国の尹錫悦大統領=7日、ソウルの大統領府(代表撮影・共同)

岸田文雄首相が3月に東京で開いた日韓首脳会談からわずか52日後にソウルを訪れたのは、日韓連携を安定軌道に乗せ、経済安全保障や北朝鮮による核・ミサイル対応の強化といった日韓双方の目に見える実利を強く打ち出すためだ。焦点の歴史認識を巡っては、新たな見解の表明などは避けつつ、いわゆる徴用工訴訟問題で韓国側の原告らを念頭に「心が痛む」と語り、対日批判の厳しい世論にさらされている尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に配慮する姿勢もみせた。

そもそも個人の財産・請求権問題は1965年の日韓請求権協定で完全に解決済みだ。それでも首相は会談で、歴史認識問題に関して「歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」と従来の見解を伝えた上で「私自身の思い」としてこう語った。

「当時厳しい環境で多数の方々が大変苦しい、悲しい思いをされたことに心が痛む思いだ」

尹政権が3月に示した徴用工訴訟問題の解決策は、韓国内で「日本に譲歩し過ぎだ」と批判を浴びている。首相は責任の所在などに触れるのを避けながら、支持率の低迷にあえぐ尹氏を支えるためギリギリの表現を探った面がある。首相は「おわび」「反省」は口にせず、尹氏も謝罪を求めることはしなかった。

むしろ今回の会談で両首脳がアピールしたかったのは国民生活に直結する成果だ。共同記者会見では関係改善の成果として、先月スーダンから邦人を退避させた際の陸上輸送で韓国軍が協力した実績を強調した。

日本外務省幹部は「大きな前進。文在寅(ムン・ジェイン)政権では実現しなかっただろう」と語る。尹氏は「共通の利益」のために歴史問題と切り離して協力を進めるべきだと言い切った。両首脳は半導体の安定的なサプライチェーン(供給網)構築における連携も打ち出した。

首相は周囲に、韓国側へ早期の答礼訪問をした理由を「尹氏がリスクを背負って関係改善に踏み出したのだから応えないといけない」と語る。

急速に関係強化が進む一方、文政権が事実上破棄した慰安婦合意の履行、福島県産水産物の輸入規制の解除といった韓国側に起因する懸案は残ったままだ。

首相は、韓国海軍艦による海上自衛隊機へのレーダー照射問題などに関するやりとりを会見で問われ、「お互いの立場に基づき議論した。詳細は外交上のやりとりなので差し控える」と述べるにとどめた。真の信頼関係を構築するためには、単に会談を重ねるだけでなく、日韓間の懸案に正面から切り込み、解決する必要がある。(ソウル 田中一世)

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